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2013年8月20日 (火)

(1069)◆技は「投網を撒くように」

’13年5月の武専で愛知県の道院長が指導の中で「技は投網(とあみ)を撒(まく)ように云々」剛法も柔法も・・・のコメントが頭から離れない。

(さて、自問自答)

高校野球のビッチャーも、
「足の指」から「前足底」から「ふくらはぎ」から「脛」から「膝」から「大腿」から「腰」から「丹田」でいっとき収めてから(ニュートラル)から、瞬時に「腹筋」から「胸」から「背中」から「肩甲骨」から「肩」から、二度目の一時の「ニュートラル」から「肘」から「尺骨・橈骨の捻り」から「手首」から「指」から「最大限の摩擦」から放たれる。その瞬間の三度目の「ニュートラル」からキャッチャーミットまでの空間に「八方目」と「残心」が意のままに満足した時に・・・・良い結果が生まれる。・・・・これが一連の脱力の連鎖反応なのでしょうか?

針の穴ほどのミスもタイミングが狂う。ボウリングも似たようなものです。

「書」も似ています。紙の上でなく「空間」での腕の動きが決めます。その動きは「ニュートラルの連鎖」かもしれません。

鎮魂の心も、黙祷の心も、「行」としての修行も・・・・ニュートラルの訓練なのかも知れない。

ローでもトップでも行ける距離を瞬時に保ちたい、今の心境。

(少林寺拳法の公式見解ではありません)

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トミー拳より ”拳のつぶやき” 千葉松尾道院 ブログ 090-1118-5186

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