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2009年10月23日 (金)

(554)◆『石文字』

映画「おくりびと」の『石文字』が頭から離れない。

49年前父は胃がんで亡くなった。腹の中が癌だらけで亡くなった。

執刀された医師は「こんなになるまで病院に来なかったのか・・・?」

地方の風習で、仏(父)の身体はアルコールを浸み込ませた綿で・・・全身裸にして親族がかわるがわる拭き清める・・・涙なくしては出来ない儀式です。

何かを吹き消すように親族各自が短いお経を大きな音色で流しながら仏の全身を清め続ける。その間お経は途絶えない。

そんな思い出から・・・納棺師の物語?、「おくりびと」の映画は見る気がおきなかった。

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先日、TVで放映された。録画して見る気になった。良い映画だった。

圧巻は完納師の所作にだんだん「魂」が入っていく様が少林寺拳法の演武にも得るところが大きかった。

やはり「心」の発信所?から高感度の所作が人の心をうつ演武なのかもしれない。

二つ目の圧巻は『石文字』だった。仏になって寝ている父が本当の父なのか、半信半疑で息子として納棺師として父に向かい合う。硬く握った指から一つの丸いつるつるの石が出てきた。100パーセント父親でした。

今日は(10/23)トミー拳の父の命日。49年目です。中学生でした。映画の『石文字』が教えてくれました。頭の中で薄れかかった命日を・・・。

-魂はダーマから・・・身体はお父さんお母さんから・・・-金剛禅の教えです。金剛禅は少林寺拳法です。

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トミー拳より (拳のつぶやき)

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Ⅲ.日記と「つぶやき」」カテゴリの記事

コメント

雫さんへ
コメントありがとうございます。
石を握り合い、大きさ、つるつる感、ざらざら感で言葉に代えた「石文字」は何万年、何千年前のことなのでしょうか?

古代のメロデーが聞こえてくるようです。

納棺師二人が食べ物を美味しそうに食べるシーンも多くありました、作者の「石文字」かも知れませんね。

投稿: トミー拳より雫さんへ | 2009年10月24日 (土) 07:59

中学生の時にお父様をなくされたのですか…。
お辛かったでしょうね…。

私はまだ両親が健在ですが、もし、と考えるのが恐ろしくて仕方ありません。

>地方の風習で、仏(父)の身体はアルコールを浸み込ませた綿で・・・全身裸にして親族がかわるがわる拭き清める・・・涙なくしては出来ない儀式です。

つらいけれど、亡くなられた人を皆で送る大切な儀式なのでしょうね。
うちの方にはそのような儀式はありませんでした。
祖母が亡くなったのが中1の時でしたが、特別な儀式、というのは記憶にありません。
その頃はまだ自宅で行っておりました。
ご近所の方々がいろいろお手伝いをしてくださっていたのを思い出します。

おくりびと、私は本当に感動しました。

>圧巻は完納師の所作にだんだん「魂」が入っていく様が少林寺拳法の演武にも得るところが大きかった。

なるほど。
そんな風に考えたことはありませんでしたが、おっしゃる通りかもしれません。
「魂」が大切ですね。

勉強になりました。

投稿: 雫 | 2009年10月23日 (金) 11:20

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