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2008年8月 3日 (日)

301)◆日本丸に羅針盤を・・・

新聞の全面広告の真ん中に”ひろさちや”氏の言葉が目をひいた。

仏教書を550編の著書があり、わかりやすく語る、先生だ。

肩書きが宗教評論家と書かれている。これが仏陀の真の教えだと思った。

冒頭から、ジャブpunch・・・がきつい。
曰く、「人生は無意味で、生きがいなんてない。だから自分の生きたいように生きようよ」と私はよく話します。

「立派に生きようと考えるのは悪くないけれども、どう生きるのが立派かは自分の価値観で決めればいいことでしょう」

「世間にはひとつ共通の”物差し”が用意されていて、私達はこれに心を奪われ、まともな判断を力をなくしてしまうのです」

「世間の物差しは、人間をその商品価値で測ろうとし、使う人によって勝手に伸びたり縮んだりもするし、常に権力者にとって好都合にできています」

「しかるに私達のいる世間は、そういうデタラメナ物差しをけっして捨てられません」

「であるならば、狂った物差しに縛られる生き方はもうやめて、そんな世間からはさっさと出てしまおう。・・・これが私の主張です」

まだ続きます。「いえ、私がただ言っているのではありませんよ。実はこれこそが仏教の基本・・・”出世間の教え”です」

「世間を批判すること」、「世間をばかにすることが、仏教の一番大事な仕事といえるのです」

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毎回遅れるバスの時刻表なんかないほうがましだ!

連れのおばさんが、「でもね、それがないと何分遅れているか分かりませんよ」・・・目安をつけるのにはやはり時刻表は必要なのです。

今の日本は狂っていると大概の人はおもっていますね。

どこがどう狂っているかわからないから、バスの時刻表に相当するものを見つけないといけない。

日本丸という船は”速度計”ばかり気にして、”羅針盤”を見ずにここまで航海してきたようなものです。

今こそ自分で価値判断をして行くための”羅針盤”が必要な時です。

それは仏教書であり、金剛禅であり、少林寺拳法であると思っています。

(少林寺拳法の公式見解ではありません。私見です。)

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トミー拳より (拳のつぶやき) 少林寺拳法 千葉松尾道院

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コメント

一休さんへ
コメントありがとうございます。
そうですね、自燈明、法燈明。聖句は自燈明。
礼拝詞は法燈明なのでしょうか。
自分の中には開祖語録の言葉も100%では有りません。
疑問点も幾つか有ります。
「守・破・離」のサイクルに鮮度を失わず回し続けたいものです。そのサイクルに恩を絡ませてこそ修行の成果はあるものと信じます。


投稿: トミー拳より一休さんへ | 2008年8月 5日 (火) 07:36

偶然ですが…
今回五段受験で提出した宿題の中で「金剛禅を心の羅針盤として生きよう」というフレーズがあります。

自燈明、法燈明そして羅針盤ですね。

投稿: 一休 | 2008年8月 4日 (月) 21:21

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