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2008年3月27日 (木)

200)◆悟りの試験官

・・・「悟りに試験はない」・・・こんな題名のコラム。

3月13日の朝日新聞のコラム。花園大学 佐々木 閑 先生。

試験今昔::昔、アフリカのある部族、ライオン一頭しとめて大人の仲間入り。

(動物の世界は、オスの交尾に至る過程の過酷な試験、血を見る光景)

・・・人間でよかった。

最近は進路変更の機会が増え、試験は選別の手段よりも、「能力の到達レベルを判定するシステム」の意味合いが増す。

試験はまわりの専門家たちが手間ひまかけて判定。それが励みで上に昇れる。

上へ上へと登りつめると、先端、最先端へ。

すると評価してくれる人がいなくなる。

自分のレベル、この先何をなすべきか、誰も教えてくれない。

・・・自分で判断していくしかない。

「悟り」・・・判定基準が無い。

基準がないからいい。

「悟り」は試験問題を解くのとは違う。

人のためでなく、自分のために歩んで来た道。

・・・最後の試験官は自分です。

・・・基準が邪魔になる世界。

自分が納得する以外に、合格などありえないのである。

(幸せの試験官は自分です)

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トミー拳 ヨリ (拳のつぶやき) 少林寺拳法 千葉松尾道院

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コメント

一寸さんへ
コメントありがとうございます。
悟りは10代、20代・・・・その境地は変化し続けるのでしょうね。

仏陀が苦行に苦行を重ねても、悟れず、川の水で修行(苦行)の垢をお落とし、スジャータの差し出した乳粥を食べて・・・悟ったとの話。

開祖は、修行とは、苦行ではなく養行だと自信をもって話されているのも・・・良く理解できます。

投稿: トミー拳より一寸さんへ | 2008年3月28日 (金) 08:41

>最後の試験官は自分です。
肝に命じます。

何ができるのか?
何をやってきたか?

周りにどれだけの人がいたのか?
どれだけの人に支えられてきたのか?
どれだけの人を支えてこれたのか?

悟り、自分自身を評価するというのは、こんなことだけではないのだろうと、考えてみました。

何を持って自分に納得できるのでしょうか?
いつかその日がくるまで終わりなき宿題ですね。

投稿: 一寸拳士 | 2008年3月27日 (木) 23:52

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