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2008年2月27日 (水)

178)◆「遊びの理」その1

遊びの理

・・・(僕の造語です。軽く読み飛ばして下さい)

遊びを理論化しょうとしているのではありません。

一般的に、車のハンドルの遊び。 ブレーキの遊び。 絶対必要です。

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少林寺拳法の技のかかりには、多くの「遊び」係わっていることに気づいた。

「遊び」が無いと技がかかり難いことも・・・気がついた。

「はずみの理」とは少し違う・・・「遊びの理」。

「車の理」とも少し違う・・・「遊びの理」。

剛法、柔法にも要るような気がする。

自分の”技コツ”に一つ加えました。

・・・大事な気づきは、まだ進行中です。bud

少林寺拳法に用いる理法六つ::①経脉の理、②鈎手の理、③梃子の理、④車の理、⑤はずみの理、⑥その他(反射神経の活用・運動神経の逆用・心理学の諸原理の応用・巧妙に技術、略を使い分ける)

・・・・⑦遊びの理。

・・・追加で⑧ブレーキの理。一拳士の”つぶやき”でした。

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注)遊びとは::・機械の部分と部分とが密着せず、その間にある程度動きうる

余裕のあること。-ハンドルの遊びー  ーブレーキの遊びー

・固定せずゆとりのあること。-歯車の遊びー

   (広辞苑、新世紀ビジュアル大辞典から)

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トミー拳 ヨリ (拳のつぶやき) 少林寺拳法 千葉松尾道院

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コメント

まんじ丸さんへ
もう、私より研究熱心なまんじ丸さんですから、多くは語れませんが。

お願いです。「ブレーキの理」を研究してみて頂けませんか?
(ふざけるな・・といわれそうですが)大真面目です!。

投稿: トミー拳 ヨリ まんじ丸さんへ | 2008年2月28日 (木) 20:58

雫さんへ
コメントの返信の前に・・・
3月号(少林寺拳法会報)にzakiさん投稿の護身術教室の記事、写真・・・雫さんらしい拳士がいます。本物ですか?

ところで「遊びの理」ですが・・・すでに理解されているような感・・・!

実はこの後、続くのが、「ブレーキの理」なのです。
エッ・・・と思われるでしょうね?
技も、ただ同じ速度の回転では逃げられる様な気がしています。(私見です)
まだ模索中ですが・・・。

投稿: トミー拳 ヨリ雫さんへ | 2008年2月28日 (木) 20:53

お母さんへ
自動車のハンドルには遊びがないと、方向を誤ると思います。ブレーキも遊びがないと急停車続出で事故に?
しかし、自転車のハンドルには遊びがありません。
(ブレーキには少し遊びがありますが・・・。)

自転車のハンドルの遊びの役割は人間の腕と肩が「遊び」の役割をしているように思います。
・・・まだ模索中です。
また気づきがありましたら教えてください。

投稿: トミー拳 ヨリお母さんへ | 2008年2月28日 (木) 20:42

>「鈎手」も目一杯に張り、張り・・・から少し三指(人、中、薬指)を緩めると手首に、遊びが生まれます。
>・・・これも遊びの理かもすれません。

上手いこと表現されてますね。
私は、脱力の理に内包してましたが、別に設けた方が良さそうなので、「遊びの理」を使わせて頂きます。
私は、「脱力の理」と「落差の理」と設けてますので、「遊びの理」は9個目の理としてノートに追記します。

投稿: まんじ丸 | 2008年2月28日 (木) 12:32

遊びの理。
違和感無く、耳に入ってきました(あ、目か・・・?)

何事にもある程度の遊びが必要ということですよね。
技の中の遊び、はっきり分かるわけではありませんが、一寸拳士さん、お母さんのように、私も感覚的に納得です。

そこまでに至るには、まだまだ修行が必要です。
武専にいらっしゃる先生方、全然力が入ってないようなのに、いつの間にか技がかかってしまう、
そのようになるには、かなりの研究、模索が必要なのでしょうね。

投稿: 雫 | 2008年2月28日 (木) 10:57

遊びの理、私もわからないけど頷けます。

前に力が入っているということは技がかかっていないんだと教えていただきましたが、それにも通ずるのでしょうか?

遊びの理がわかるまで、私はまだまだです。

投稿: お母さん | 2008年2月28日 (木) 09:05

一寸さんへ
おそらく技をかけるとき無意識に使ってるものと思います。
実は「技法:伝承・継承」と「拳法資料館」の両ブログの技の手本を毎日、見ていて感じたのがこの「遊びの理」でした!
閃きのような・・・。

どこで感じたかと言いますと、形と型の違いを実感させられた技、基本中の基本、「流水蹴」の足を少し動かしながらの中でした。運歩とも捌きとも言えない動きがヒントでした。

(右手を掴まれる例)の「諸手逆小手」のあの先生の左肩の入れ方・・・。
それから、「紅卍拳」の単演の素晴らしい動き、絶対真似できない動きでした。
でも鏡の前で真似てみました。やはり無理でした。

「遊びの理」の実感で(自分流)少し真似る入口に入れたかな?・・・の感覚ですが。

「鈎手」も目一杯に張り、張り・・・から少し三指(人、中、薬指)を緩めると手首に、遊びが生まれます。
・・・これも遊びの理かもすれません。

きっと、開祖は全身に、「遊びの理」が散らばっていたか、自分の意思で体の各パーツに「遊びを」自在に再現できていたのかも知れません・。

きっとこれが、「脱力」の・・・基本かも知れません。
まだ模索中です。(一生模索で棺おけに足入れるかも知れませんが)coldsweats02

投稿: トミー拳 ヨリ一寸拳士さんへ | 2008年2月28日 (木) 08:42

遊びの理。
分かるような、分からないような...
でも、肯けるのは何故でしょう?

説明できませんが、感覚的にわかるような気がします。
機会がありましたら、ご教授願います。

投稿: 一寸拳士 | 2008年2月27日 (水) 23:37

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